コスモスという名のこの星で



 「ふと羽根を休めたこの場所が
 コスモスという名の惑星であると知らずに虫たちは....」

君が話してくれる言葉は
いつも何かしらうれしくて
言葉遊びのそのわけを
たどりながら
すべてはそこから始まった

陽だまりの堤防の帰り道

部活の休憩

自動販売機のコーヒー牛乳

卒業式の記念写真

振り返る時間はどこまでも透明で
毎日はじまるあたらしい朝は
あふれそうにまぶしかったのに

なぜかいつも僕たちは
ほんのちいさな出来事に
わけもなくけらけら笑ったりして

卒業祝いのお祝いでもらった腕時計は
もうとっくに無くしてしまったのに
文字盤のない時計は
進んだり止まったりしながら
僕たちを知らないうちに新しい朝へおしだしていくんだ

僕も君も知らないまちで
何もなかったように年老いて
あたりまえのように死んでいく

僕らにはその日がやってくるのを
ただ待つことのほかにどうしようもなく

言葉遊びのそのわけを
いつだって
追いかけているんだ
きのうも
きょうも

いつだって



僕のカバン




持ち歩いているうちに
少し重たくなった
僕のカバン


とりあえずいろんなものを詰め込んで
こっちから
あっちから

いつだって
どこでだって
僕たちは選ばなければならない

「Yes」 なのか
「No」 なのか
あるいは
そのどちらでもないものなのか

でも日々の忙しさの中で
「どちらでもないもの」ばかりが幅をきかせて
何を大切にしていたかったのか
見失ってしまうことさえあるんだ

だから僕たちは時々途方にくれる

わけのわからないものを詰め込んだカバンを
部屋のあちこちに転がしたまま
僕はいつか
自分の置き場所をなくしてしまうんじゃないか
そんなことをおそれているんだ

この部屋に来た時の
ぼくは何ももっていなかったのに

知らないうちに
部屋の中は散らかって
僕のココロも少しずつどんどん散らかっていく

ほんとは
しらないためこんだ荷物を集めわせたら
やっぱりそれが
僕とそっくりなひとかたまりになるって事を
じつは知っているのに

つめこんだ鞄が
時々ため息をついて
ため息はまたカバンの中に消えて

僕はどこまでも
カバンを
捨てることができない

そしてまた朝になり
ぼくはまた
「おはよう」って話しかけてしまうんだ

毎日の中で
僕らは許したり
許されたりしながら

なんだかどうでもいいような

「おはよう」と

昨日と少しもかわらない
はじめてのあした

「おむすび」を買いに

お腹がすいたなぁとつぶやく

今日の空はこんなに晴れているのに
僕の心の中は
しなきゃいけない仕事のことでいっぱい
どんなにあくせくしたって

考えたり悩んだりすることはやめられない
仕事は当たり前のように
わいてきて
降ってくる

昼はまたコンビニで買いだして
おにぎりをたべたべ
また仕事

何をやっているんだろう

そんなことを思いながら
ちょっと家に帰りたくなった


晴れた空の下
家に引きこもって眠り込んでしまいたいのに
またコンビニへ

本のタイトルみたいだな

「おむすびを買いに」